未だ残る弁天町バスターミナル
お久しぶりです💦
1ヶ月ほども更新していませんでしたね…(すいません😢)
今回は久々に(旧)大阪市バスネタを…
廃止された弁天町バスターミナルを見に行ってきましたので、解説交えて話をしたいと思います。
Q.そもそも弁天町バスターミナルとは?
港区に1984年~2014年まで存在したバスターミナルです。地下鉄中央線弁天町駅と連絡通路がありましたが(現在は閉鎖)、JR弁天町駅からは連絡が無いもので不便だったようです。私も1度だけ行ったことがあるのですが、バスの本数が少ない上、あまり人がいない感じでした。
(1978年当時)
弁天町バスターミナル開設前は主に弁天ふ頭を発着とする路線が多かったということがわかります。
(1994年当時)
しかし、弁天町バスターミナルが開設したことにより、弁天ふ頭発着路線は全て弁天町バスターミナル発着に集約されます。また、当時は地下鉄朝潮橋発着もありましたが、やはり弁天町バスターミナル発着の路線が圧倒的に多いですね。
その後は徐々に路線が減り、晩年には4路線のみが残っていましたが、2014年9月日を以て廃止となりました。
Q.今はどうなってるの?
本題に入ります。では現在の弁天町バスターミナルはどうなっているのか、弁天町駅に向かうと不思議な案内板を発見…
え、交通科学博物館!?
2014年に閉館した施設ですが、案内板にはハッキリと書かれていますね…(懐かしい)
そして到着。未だに残っているのが驚きです。
こちらは啓発板…?でしょうか?
緑色のバスマークが懐かしいですが、真ん中にある澪標マークがありません。
手前にある案内板、今ではあまり見かけないタイプですね…当初からあったのでしょうか?
行先案内も未だに残っています。
当時のものが残っているのもなかなか面白いものです🙂
>まとめ
弁天町バスターミナルは歌島橋や南港よりも新しく、もっと長生きして欲しかったと思いましたが、廃止になるとは寂しいものです。残るバスターミナルは北巽と出戸のみで今後の動向も気になるところですが、無くならないでほしいですね~😌
それでは👋🏼
大阪市バスの行灯標柱を探して…
こんにちは、最近は地方のバスネタを書いていましたが、久しぶりに大阪市交ネタを書いていこうと思います。
ええ、今ではほとんど見かけなくなった行灯(あんどん)標柱のことです。ただ少しマニアックな内容なので
そもそも行灯標柱って何だ…?
◀︎行灯標柱
そもそも行灯(あんどん)標柱とは何だ?と思われますが、大阪市営バスが1970年頃に設置した電照式のバス停標柱のことで、標柱の形がまるで行灯のように見えることから“行灯標柱”と呼ばれました。
それ以前は…
◀︎少し高い位置に案内板がある
行灯標柱登場前の標柱はなんば停留所で確認することが出来ます。こちらも電照式で、当時は乗り場案内として経由地、行き先のみが書かれているだけでした。また、郊外では木製標柱が多く見られました。
しかし、高速などの道路整備や地下鉄の延伸、マイカーの増加により渋滞を招き、乗客は減って経営の悪化に繋がってしまいます。そこで困った大阪市営バスは乗客サービスの一環として、1973年に木製標柱を金属型標柱と行灯標柱に取り替え、そしてあの緑色の日除けテント設置もこの頃でした。そして、もともと存在していた行灯標柱も字を大きくしてわかりやすくしたり、灯りが付かない標柱もあったため、電気工事を行ったりして夜間でも機能できるようになりました。
現在は接近表示機能のついた標柱が多く存在し、10年前はまだ若干残っていた行灯標柱もわずか、残り4基といったところです。
よく見かけるとすれば曽根崎警察署前停留所でしょうか。民営化後でもしぶとく残っています。
また別の停留所では、掠れていますが文字が残っています。こんなものが何十年も残っていると思うと面白いですね。
まとめ
大阪市営地下鉄・大阪市バスが民営化して3ヶ月経ち、コマルマークやヒゲ文字の標識の撤去も進んでいます。たしかに記録もしたいものですが、上で紹介した行灯もいつ無くなってもおかしくないものですから、こちらの記録も今のうちなのかもしれませんね…😢
こちらの記事では行灯標柱2基を取り上げましたが、残りの2基はあえて載せません。(←おい)
場所のヒントは2基とも四つ橋線(駅名に住、後とつく駅)の駅の近くにあります。
もし興味がありましたら探してみてください!☺️
それでは👋🏼
さよなら大阪市バス
大阪市交通局民営化までもう数分ちょっと、
本当に別れの時が来ました。
私が幼少期の頃から好きだった澪標マークのバスがいなくなるのは青天の霹靂というか思ってもいないことでした。
大阪市営バスで日本初といえばワンマンバスの運行、この頃は鉄道代行車、GMCトレーラーバス、ディーゼルエンジンバスなど戦後を立て直す大阪にとって革命的なものでした。
他にも戦前には青バスとの競合、難波住吉線・御堂筋線問題などで路線を開拓したり、戦後にはゾーンバスやあおぞら号の運行などより細部にわたるバス路線網を拡充していきました。
大阪市営バスは何をしたと問われれば語り尽くせないぐらい笑
でもそんな大阪市営バスとはもうお別れです。
91年間という長い歴史に幕を下ろし、明日からは大阪シティバスが運行します。
今までお疲れ様でした。そして、ありがとう!
さよならマルコ
大阪市の地下鉄・バスの民営化まで残り2日となりました。小さい頃からかなり馴染みのある大好きな地下鉄・バスが変わってしまうのは嬉しさもあり、悲しさもあって複雑な気持ちです。そして民営化まで2週間をきった頃、地下鉄のイベントがあるのを知り、参加がてら乗り納めすることにしました!
まずは西中島南方で御堂筋線10A系を撮影。さよならHMを掲出しています。(御堂筋10系2編成10A系1編成のみ)
それからイベント参加、その後は街を逍遥していましたが、ある人から気になる情報をいただき、さっそく直行!
向かった先は地下鉄西長堀駅の6番出入口、ヒゲ文字&マルコとはまたなかなか萌えますね…
5番出入口にもありました。にしてもよくこんなものが残ってるなぁ…と驚くばかり。
中に入るとシャッターのしまった場所があり、施設連絡や店があったのでしょうか。そして上の案内にもマルコ。
少し進んで長堀側の改札に来ると旧式の料金表路線図が!
おそらく1990年代前半のものだと思いますが、長堀線の心斎橋以西やコスモスクエアにあたる部分には駅名が書かれていません…
とりあえず作って後で付け加えるつもりだったのでしょうか?
---まとめ---
マルコも撮影出来たので個人的にはいい収穫でした🙂
迫る民営化は逃れられませんが、こういった遺構もできるだけ長く残ってほしいものですね~
ではまた~👋👋