マツダ交通の見たまま

不定期ですが、バスの情報を見たまま紹介しています!

戦前の大阪市内を走る民間バスの路線図の見たまま!(Part.5)

久しぶりです。久々?にこのシリーズですが、もう5回目なんですね笑(←遅いわ)

↓前回

戦前の大阪市内を走る民間バスの路線図の見たまま!(Part.4) - マツダ交通の見たまま

さて、今回は近鉄なんですが…

f:id:Matsuda_KOTU:20180314222753j:image(1937年冬頃)

この「・・・」で表されてるのが近鉄です。当時は大軌バスという名前でした。東野田4から安田を経由して住道方面へ伸びています。

でも実はこの路線、まだ開設されてないんですよね…💧(・・・で表したのはその理由なのです)

しかし、この路線はけっこう興味深い路線なので今回の記事で取り上げることにしました。✨

それでは解説していきます。

①東野田4→安田(以西)

当初この路線は1940年12月に大阪市営バスと乗合協定を結んで運行された路線であり、乗合協定区間東野田町四丁目~住道大橋でした。当時の大軌バスの住道エリアでは1935年に河内自動車(四條畷以南の路線)、37年に菊水自動車を買収していたたため、路線エリアは充実していたので乗合協定を結ぶには都合が良かったのでしょう。

ただこの路線、もともとバス路線になるつもりはなかったのです。

みなさん〝大軌四條畷線〟という路線を聞いたことはありませんか?

近鉄桜ノ宮~安田経由孔舎衙坂をルートとして一部で建設を行っていた未成線です。蒲生~寺川間で敷設工事を行っていたのですが、色々問題が生じたことにより1934年頃に工事凍結となりました。(詳しくは大軌四條畷線を参照)

蒲生~寺川間の路盤はもう完成しかけてたのに対し、どうしようもないので市の提案で用地売却し、阪奈道路として転用されバスが乗り入れを始めました。

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戦後は梅田、内本町バスセンターの方まで路線を伸ばし、近鉄奈良駅発着の路線もありました。また1965年には諸口(当時は城東区)に茨田営業所を解説し、朋来住宅や生駒登山口にも走らせていました。しかし、90年に鶴見緑地国際花と緑の博覧会が行われるため、茨田営業所が大阪市に譲渡し稲田営業所を開設し移転。諸口発着が無くなってからは1990年に開設された横堤バスターミナルを発着としていましたが、長堀鶴見緑地線JR東西線の開設により路線採算が取れなくなり、次々と路線が廃止になりましたが、この路線のルーツでもある梅田~JR住道、梅田~浜南口の2路線が残りました。

2009年には浜南口から稲田車庫へ延伸したことにより梅田~JR住道の路線が土曜1便のみという大幅な減便をし、16年には山の日のみの運行となりました。そして、稲田車庫~梅田も採算が取れなくなったことから減便を繰り返し、2017年3月31日を以て、梅田~JR住道と併せて休止となり、長い歴史を持つ路線はある意味姿を消してしまいました。

ただこの路線は廃止ではなく休止扱いなので停留所がまだ残っているので完全に姿を消したわけではありません。せめて梅田~JR住道の路線は復活して欲しいですねぇ…😅

 

次回は南海を含めその他の事業を一気に紹介するつもりなのでこのシリーズも最後になると思います。

それでは👋🏼