マツダ交通の見たまま

不定期ですが、バスの情報を見たまま紹介しています!

戦前の大阪市内を走る民間バスの路線図の見たまま!(Part.2)

さて、本題に入っていきましょう。
前回の記事で話したこと前提で進めていきたいと思います。😊
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戦前の大阪市内を走る民間バスの路線図の見たまま!(Part.1) - マツダ交通の見たまま

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まずは黄色の方から見ていきます。
阪神バスです。
ただし、現在の阪神バスではないんですよね…後で紹介する阪国バスが現在の阪神バスなんですよ。(難しい…)
たしかこっちは後にバス事業から撤退して阪神タクシーになったとか。
さてさて、路線の解説です。
長柄橋(南詰)を起点として辰巳橋(大阪市バス佃6丁目付近)へ向かっています。
また野田阪神にも向かっていることがわかります。順に説明していきますと、長柄橋(南詰)を起点にしているのはおそらく市電接続ですね、ただ、天六にまで伸ばしていないのが謎のところですが😅
駅の接続もない辰巳橋へ行っているのも少し謎めいていますよね…?
実はこれもともとは個人所有の事業者だったんですよ。昭和3年にこの路線が新設され一年も満たない内に野田阪神に延長しているんですよ😨⚡
しかし翌年に淀川乗合自動車に譲渡し、長柄橋の建て替えにより長柄橋北詰から南詰に延長されたという形です。しかしその淀川乗合自動車も阪神バスと合併しました。ところが空襲により休止、何とか持ち直せたもののあまつさえ阪国(現:阪神)と競走するはめになり、バス事業を阪神電気鉄道に譲渡。その後も長柄橋南詰~野田阪神、杭瀬を経由して阪神西宮方面へ運行していましたが、採算が取れなかったためか、1969年に廃線となりました。

続いては茶色を見ていきます。こちらは阪国バスです。梅田から野田阪神を通り、東神戸へと向かうこの路線は阪神国道と呼ばれる部分で、1928年に阪神国道が敷設される際に何十もののバス事業者が出願しましたが、認可されたのは大阪市営、青バス、阪国バスでした。(1929年に運行)ちなみに阪国バスは正式には阪神国道自動車で、阪神国道開設と同時に設立された事業者です。後に現在の阪神バスになるのですが💦阪国は珍しく梅田新道まで伸ばしているんですよね。 また、大阪市営と梅田~上六間での連絡運輸もしていました。
戦後は何とか復活し内本町BC乗り入れや甲子園・神戸税関まで伸ばしたものの後に廃止。梅田新道乗り入れも1974年に撤退となりました。

今回は阪神にまつわるバス事業をざっくりと話しました。
次は阪急と京阪のバス事業を紹介していこうと思います。
ではまた~👋