マツダ交通の見たまま

不定期ですが、バスの情報を見たまま紹介しています!

中鉄から1つ目がいなくなります

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[事業者]中鉄北部バス

[社番] No.8858

[車番] 岡山22か 2887

[型式] P-RJ172BA

[年式]1988年式(昭和63年)

[備考]元:中鉄バス

[所属営]津山

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 中鉄では前一灯RJ(通称:1つ目)がこれ1台のみになります。今年で30年目、だいぶ朽ち果てた風ですが、メッキバンパーがピッカピカなのが魅力的です。ただ、出没率は割と少なめですが、つやまリレー号などのイベントで運用することも。

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 去年秋頃には当時では最古参の8755号車(岡22か 2634)が除籍となり、1つ目がラスト1台となった8858号車の動向が話題となっていました。しかし、どうやら来月に引退するようで現在は「ありがとうHM」を掲示して元気にうごいております。私も見納めにもう一度行きたいものです笑

 

では👋🏻

 

かつて存在した京阪バスの路線を調べてみたが…

 お久しぶりです。

最近は台風などの荒天続きでバスまつり中止があったり、他のイベントにも行けない等で撮影があまり行けてません…()

なのでずっと「面白いネタ無いかなぁ?」と色々資料漁りしていた訳ですが、意外と面白いネタが集まったので記事にしてみました。

Q.京阪バスでかつて存在した発着停留所ってどれくらい知ってますか?

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>かなり漠然とした内容ですが、どこの事業者でもかつて存在した発着停留所なんて枚挙に暇がないくらいありますよね。京阪バスも80~90年代だったら、ダイエースーパーや大谷橋、国鉄鴻池新田駅前やエキスポランドなどが挙げられますね。

「じゃあ、その前は何があったの?」

と聞かれれば黙り込んでしまいます。💧

なので、色々調べて面白い発着路線をいくつか見つけたので出来るだけ解説込みで紹介します。

①大金(だいきん)製作所前

寝屋川市の木田付近に存在する大きな会社です。(ダイキン関連の会社ではありません)

おそらく工場輸送路線でしょうね。

80年代の路線図には無かったので、70年代に廃線になったのでしょうか?

[路線図]

秦 秦 通  高 木 巣

――― ―

口 丁 大 ↓口 田 本

     ↓

     ↓→大金製作所前

 

[備考]通信大学前>電気通信大学前>電通大寝屋川キャンパス(現在)

②工廠前

この発着停留所は、戦時下の1939年に大阪工廠枚方兵器製造所の通勤路線として存在していました。枚方東口(現:枚方市駅)~工廠前間として運行していたもののいつの間にか休止となり、戦後間もない頃に廃止となりました。

③浜

この発着停留所は、古川橋~浜間を結んでいた路線で菊水自動車というバス事業者が運行していた路線でした。しかし、1937年に大軌バス(現:近鉄バス)によって買収、そして数年後には京阪に譲渡される形となりましたが、1945年には既に休止となっており、もともと利用者も少なかったことから廃止になりました。

ただ路線自体は廃止となりましたが、浜停留所はある意味復活しています。

それは国鉄吹田駅から国鉄八尾駅を結んで運行していた吹田八尾線が1958年に開設されたからです。けれども、今ではその路線もとうの昔に廃止になっちゃいましたが…😅

京阪神梅田駅前

正直、これほんとに存在したの?と疑っているところですが、もともと阪急と京阪が合併する前に新京阪鉄道が七条大宮から天六(天神橋駅)までバス事業を行っていました。1943年には陸上交通事業調整法により京阪と阪急が合併し、京阪神急行電鉄が誕生。その時の延伸として天六から梅田駅に延伸されたものかと思われます。

[路線図]

天 中 京阪

 ―神急

六 町 行梅

    田駅

 

経由地は中崎町だったようで、恐らくですが1949年の京阪が京阪電気鉄道として分離するまで存在していたのでしょう。にしても存在していた期間が短すぎるので資料でも断片的なものしかわかりません。

 

[まとめ]

今回はかなりマニアックな内容で、解説するにしても推測が多めだったような気がします(すいません…)

個人的な感想ですが、京阪は何かと謎が多い部分が多いので色々調べてると楽しいです。

まぁ私が現段階で調べている以外にもまだまだ未発見な情報がゴロゴロしてそうですが😅

実は新京阪線エリアの方にも面白い路線があったのですが、また次の機会があれば紹介していきたいと思います。

 

では👋🏼

瓢箪山発着路線が無くなる!?

どうしてもこの記事がやりたかったのでこの話題を

近鉄バス株式会社 - 高速バス、路線バス、空港バス、貸切バス -

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どうやら瓢箪山発着路線が無くなるようで…

瓢箪山駅前と言えば、やはり運転手泣かせの狭隘な道路の折り返しが名物という感じがします笑(←だって折り返しの補助員さんまでもがいるわけですからね😅)

f:id:Matsuda_KOTU:20180915175007j:image(停車中のブルシチさん)

>昔はどうだったのか?

f:id:Matsuda_KOTU:20180915171920j:image(1937年当時を想定して作成)※ちなみに赤色のマーカーでなぞった路線が大軌バス(現:近鉄バス)の路線です。

瓢箪山駅近鉄バスが走り始めたのはなんと戦前。1932年9月に瓢箪山駅~額田警察署前間を運行したのが最初、しかも、当時の大阪電気軌道(現:近鉄)が直営の路線バスを兼営を初めて最初に走った路線なんですよ笑(実はもう1路線あるんですが)

そして数年後には他のバス事業者の路線を買収し、四条畷・恩智・柏原方面へと伸びていきます。

f:id:Matsuda_KOTU:20180915174737j:image(経法大行きの案内板)

戦後は山本駅・経法大方面の路線も開設されましたが、今年の10月上旬からは全ての路線が東花園駅に集約される予定で、約86年の長い歴史に幕が閉じるわけですね。

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f:id:Matsuda_KOTU:20180915175356j:image(もうすぐ姿を消すであろうLED幕)

個人的にはけっこう撮影には良い場所で、また行きたいと考えていた矢先にこんな悲しいお知らせが飛んできて残念です。無くなる前にもう一度行って見納めをしたいものです笑

 

では👋🏼

未だ残る弁天町バスターミナル

お久しぶりです💦

1ヶ月ほども更新していませんでしたね…(すいません😢)

 

今回は久々に(旧)大阪市バスネタを…

廃止された弁天町バスターミナルを見に行ってきましたので、解説交えて話をしたいと思います。

 

Q.そもそも弁天町バスターミナルとは?

港区に1984年~2014年まで存在したバスターミナルです。地下鉄中央線弁天町駅と連絡通路がありましたが(現在は閉鎖)、JR弁天町駅からは連絡が無いもので不便だったようです。私も1度だけ行ったことがあるのですが、バスの本数が少ない上、あまり人がいない感じでした。

f:id:Matsuda_KOTU:20180908231418j:image(1978年当時)

弁天町バスターミナル開設前は主に弁天ふ頭を発着とする路線が多かったということがわかります。

f:id:Matsuda_KOTU:20180908232427j:image(1994年当時)

しかし、弁天町バスターミナルが開設したことにより、弁天ふ頭発着路線は全て弁天町バスターミナル発着に集約されます。また、当時は地下鉄朝潮橋発着もありましたが、やはり弁天町バスターミナル発着の路線が圧倒的に多いですね。

その後は徐々に路線が減り、晩年には4路線のみが残っていましたが、2014年9月日を以て廃止となりました。

 

Q.今はどうなってるの?

本題に入ります。では現在の弁天町バスターミナルはどうなっているのか、弁天町駅に向かうと不思議な案内板を発見…

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え、交通科学博物館!?

2014年に閉館した施設ですが、案内板にはハッキリと書かれていますね…(懐かしい)

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そして到着。未だに残っているのが驚きです。

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こちらは啓発板…?でしょうか?

緑色のバスマークが懐かしいですが、真ん中にある澪標マークがありません。

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手前にある案内板、今ではあまり見かけないタイプですね…当初からあったのでしょうか?

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行先案内も未だに残っています。

当時のものが残っているのもなかなか面白いものです🙂

 

 

>まとめ

弁天町バスターミナルは歌島橋や南港よりも新しく、もっと長生きして欲しかったと思いましたが、廃止になるとは寂しいものです。残るバスターミナルは北巽と出戸のみで今後の動向も気になるところですが、無くならないでほしいですね~😌

 

それでは👋🏼

三菱製の変わり種

今回は久々にバスネタを投下します。f:id:Matsuda_KOTU:20180728144334j:image

見ての通り、こちらはエアロMです。☺️

…と進めてもまったく面白くないので、今回は三菱の変わった車両を紹介していきます。

 

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[アルピコ交通] 諏訪200か **52 U-MP618K(94年式) 

大阪市交通局にいた車両で角ヘッドやフォグがないのが特徴なのですが、これエアロKだそうで……

詳しく話すと、1993年に新呉羽からMBMへ改称し、三菱名自との共通設計となりエアロK顔は製造しなくなります。しかし、こちらの車両はボデーはエアロMのものの製造はMBMだったもので事実上はエアロKとなるようです。

なんだか複雑な話ですね…😅

個人的にはエアロMでもエアロKと呼んでも間違いではないと思いますが笑

 

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[備北交通]岡山22か 3208 U-MM117J(90年式)

最初は本当にエアロKなのかと思ってしまいましたが、こちらはエアロミディMMになります。

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とまぁ、おしりまでエアロKぽさがあって本当に見間違えそうです笑

 

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[帝産バス]滋賀200か *930 KC-MP317M(99年式)

最後はこれ、南海バスから来た三菱車です。

西工B-Ⅱ型を架装した96MCとあって少し違和感を感じますね…😅

B-Ⅰ車体なら最近まで京都市バスに存在していましたが、もう既に全廃になっています。

こちらもいつまでいれるのやら…?

 

~まとめ~

個人的にバスを撮る楽しみは私からすると、ガチャガチャの感覚です。“どんな車がいるのか” “一見すると普通の車だが実際は…”といった期待や楽しみが個人的に感じられるモノだと思います。特に三菱の車両に会えて、より楽しさや興味が湧いた気がします🤗

 

ではでは👋🏻

大阪市バスの行灯標柱を探して…

こんにちは、最近は地方のバスネタを書いていましたが、久しぶりに大阪市交ネタを書いていこうと思います。

ええ、今ではほとんど見かけなくなった行灯(あんどん)標柱のことです。ただ少しマニアックな内容なので

 

そもそも行灯標柱って何だ…?

f:id:Matsuda_KOTU:20180719203527j:image◀︎行灯標柱

そもそも行灯(あんどん)標柱とは何だ?と思われますが、大阪市営バスが1970年頃に設置した電照式のバス停標柱のことで、標柱の形がまるで行灯のように見えることから“行灯標柱”と呼ばれました。

 

それ以前

f:id:Matsuda_KOTU:20180719183323j:image◀︎少し高い位置に案内板がある

行灯標柱登場前の標柱はなんば停留所で確認することが出来ます。こちらも電照式で、当時は乗り場案内として経由地、行き先のみが書かれているだけでした。また、郊外では木製標柱が多く見られました。

しかし、高速などの道路整備や地下鉄の延伸、マイカーの増加により渋滞を招き、乗客は減って経営の悪化に繋がってしまいます。そこで困った大阪市営バスは乗客サービスの一環として、1973年に木製標柱を金属型標柱と行灯標柱に取り替え、そしてあの緑色の日除けテント設置もこの頃でした。そして、もともと存在していた行灯標柱も字を大きくしてわかりやすくしたり、灯りが付かない標柱もあったため、電気工事を行ったりして夜間でも機能できるようになりました。

現在は接近表示機能のついた標柱が多く存在し、10年前はまだ若干残っていた行灯標柱もわずか、残り4基といったところです。

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よく見かけるとすれば曽根崎警察署前停留所でしょうか。民営化後でもしぶとく残っています。

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また別の停留所では、掠れていますが文字が残っています。こんなものが何十年も残っていると思うと面白いですね。

 

まとめ

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大阪市営地下鉄大阪市バスが民営化して3ヶ月経ち、コマルマークやヒゲ文字の標識の撤去も進んでいます。たしかに記録もしたいものですが、上で紹介した行灯もいつ無くなってもおかしくないものですから、こちらの記録も今のうちなのかもしれませんね…😢

 

こちらの記事では行灯標柱2基を取り上げましたが、残りの2基はあえて載せません。(←おい)

場所のヒントは2基とも四つ橋線(駅名にとつく駅)の駅の近くにあります。

もし興味がありましたら探してみてください!☺️

 

それでは👋🏼

 

 

最期の西Jキュービック

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京都200か 21-91

車番:531-7904

型式:KC-LV280N(97年式)

備考:水口営業所→金沢→福知山→京都(除籍済)

 

どうやら7月未明に除籍されたようで…

西Jのキュービックといえばもっと多かったような気もしますがついに無くなってしまい残念です😢

ツーステエアロもそろそろ鬼籍入りが近いでしょうが頑張ってもらいたいものです。お疲れ様でした。