マツダ交通の見たまま

不定期ですが、バスの情報を見たまま紹介しています!

昔の近鉄バス、大阪~近鉄奈良駅あれこれ

こんにちは😃

今回は近鉄バスの話。

大阪から奈良までを結ぶ路線のあれこれを取上げます。

f:id:Matsuda_KOTU:20210110002019j:image

近鉄バスが大阪~近鉄奈良駅方面に向かう路線ではどんなものがあったといえば、梅田から阪奈生駒線を経由して近鉄奈良に向かっていたというのが有名な話ですが、実は他にも何種かありました。

今回はそちらを紹介していきます。

f:id:Matsuda_KOTU:20210110002141p:image«1950年頃の路線図(独自調べ)»

 

当初は阿部野橋から河内国分、王寺を経て近鉄奈良までに至るルートです。これは近鉄バスが奈良までを結ぶ草分けとなりました。

まず、阿部野橋~平野元町6丁目間は大阪市との運輸協定区間(1948年4月1日運行開始)であり、阿部野橋に乗り入れたのはちょうどこの頃。それまでの平野元町6からは柏原大和橋などの運行をしていました。

また国分駅前~光洋精工前は1945年時点では独立して運行していました。(後に柏原大和橋まで延長するも休止)

1949年4月に王寺駅前~近鉄奈良間を奈良交通との乗り入れ協定の際には柏原大和橋~光洋精工前の復活、光洋精工前~王寺駅前の延長を果たして近鉄バスとして初めて大阪~奈良間を結ぶ路線が誕生しました。

その後、内本町バスセンター及び折り返しとしての本町バスセンターが1953年に設置されると、本町四丁目~阿部野橋に延長されました。f:id:Matsuda_KOTU:20210110005758j:image«本町バスセンター(奥の路線図下部には近鉄バス国分ルートの奈良線が掲載)»

f:id:Matsuda_KOTU:20210110004254p:image«1960年頃の路線図(停留所は概略)»

そしてようやく阪奈生駒ルートの奈良方面行きの便の話になりますが、誕生したのは1959年6月10日に本町四丁目~阪奈道路経由、奈良公園間(直通急行バス)が新設。近鉄バスに詳しい方ならばお気づきですが、日本初の二階建てバスであった日野+近畿車輛のビスタコーチが走っていた路線でもありますね。

1961年には梅田にも乗り入れしたために本町四丁目のみならず梅田からも便が出ており、さらに奈良ドリームランドが開業してからは奈良公園奈良ドリームランド間に延長して運行していたそうです。(開設・廃止時期不明)

ちなみに生駒登山口~生駒山上間は1958年8月の開設で阪奈道路が開通する少し前でありました。

開設当時の阪奈道路は有料道路であり、当初の運行区間も若干違って奈良ゴルフ場からは国道308号線を通り尼ヶ辻、国鉄奈良・油坂(駅)を通って近鉄奈良に向かうというもので、後に新大宮駅経由に変更されています。(変更時期不明)f:id:Matsuda_KOTU:20210110012355p:image«停留所は概略»

 

しかし60年代後半は次第に衰退が見えるようになり、1970年1月には内本町バスセンターが閉鎖されたことで近鉄バスは本町4丁目に乗り入れることが無くなりました。王寺~奈良乗り入れもこの頃に無くなっています。(1969年8月23日に奈良交通王寺営業所が廃止)

また、奈良公園行きも1980年までには廃止になっています。

1980年からは後者の阪奈道路経由の近鉄奈良行きのみが大阪~奈良駅を結ぶ唯一の路線として存在したのです。

ちなみに後者も廃止されて現在は奈良駅はおろか、奈良県にすらバス停が無いものですから寂しい限りです。

 

では👋🏻

大阪シティバスの系統番号のナゾ。

こんにちは😃

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大阪シティバスの1号系統といえば、あべの橋出戸バスターミナル間を運行する路線。まぁ、少し前なら地下鉄動物園前~出戸バスターミナル間を運行する路線ですね。

でも、何故この路線が1号系統なのかと思いませんか…?(私は思いました。🙄)

なので、過去の1号系統をざっくりと遡りつつ系統設定の構造を探っていきます。

 

▷▶︎1936年▷▶︎

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まずは昭和初期の1936年に遡ってみます。見えづらいですが、当時の1号系統は桜橋~上六~あべの橋間を運行する路線と見て取れます。

当初は桜橋~上本町六丁目間(1927年5月新設)でありました。

ちなみに市バスが初めて運行したあべの橋~平野間(1927年2月新設)はこの4号系統にあたります。

この系統付番の設定は基本として路線が開設された順番になっています。ただ、4号系統の路線がなぜ1号系統と称さなかったのかは不明ですが、その当時は付番そのものが無かったのかもしれません。

 

▷▶︎1943年▷▶︎

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太平洋戦争真っ只中の1943年はこれでもかなり路線が休止になっていますが、系統は欠番がありながらも54号系統まであります。

当時の1号系統は阿部野橋堺東駅前ですね😁

実は1936年から1940年の間には2度にわたって系統編成があり大幅に系統番号が変わりました。特にこの1940年に至っては青バス(大阪乗合自動車)路線の継承があったため1940年には51号系統(玉川町4~桜島)までありました。この系統付番の特徴は、あべの橋発着路線を軸にして反時計回りに系統が付番されているのです。

※ちなみに1945年の終戦時には8系統に減らされています。

 

  • この基準で設定された系統路線(2020年現在)

9号系統(平野区役所前~出戸バスターミナル)

12号系統(布施駅前~あべの橋)

13号系統(北巽バスターミナルあべの橋)

36号系統(大阪駅前~地下鉄門真南)

37号系統(大阪駅前~井高野車庫前)など

(過去の多少の起終点変更・区間変更を含める)

 

▷▶︎1953年▷▶︎

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トロリーバス1号線設置直前の路線図です。まだ41号系統が残っているんですね~(詳しくは下のリンクにてお願いします。)

大阪市バスに存在した神崎橋行きを語る - マツダ交通の見たまま

系統付番の設定は変わらず反時計回りの方式を取っていますね。また、1号系統は大阪駅前~我孫子道となっています。50番以降は1936年当時のような新設した順番で付番されています。また、同じエリアで同時期に複数の路線が新設した場合は連続して系統が付番されます。

例↓

56号系統(天六~酉島町) 54年12月新設

57号系統(天六~佃町6) 54年12月新設

この路線図には49号系統までありますが、かなり番号がとんで101号系統(大阪駅北口~駒川町6)と102号系統(大阪駅北口~平野京町1)があります。これはトレーラーバスが運行する路線であるため区別したものだと思われます。

▶︎余談ですが、木津営業所はトレーラーバス車庫を設けるために開設したのですよ~🙄

 

追記

その後も系統番号は出来るものの番号が若干とびながらも付番され、とばされた番号は後に新路線開業時に埋められつつ、多くの路線が誕生しました。系統番号は徐々に膨らみ、100番台になる頃には先に100号系統をとばし、既存の101、102を飛ばして103号系統が作られました。103号系統開業時(1964年)には101、102はトレーラーバスの運行はしておらず、他の一般路線と同じ普通のバス車両が運行していました。(←ちなみに100号系統は1970年に開業)

それ以降では、110号系統(1968年12月?開業)までが開業しています。

 

110号系統以降の番号ですが、111号系統(あべの橋豊中)や112号系統(野田阪神前~豊中インターチェンジ)などは郊外線として付番される形となり、111号系統開業の1960年4月にはまだ77号系統しかありませんでしたので、その頃から郊外線では無い一般路線の系統番号の付番は110番までと決められていたと思われます。

 

郊外線で111や112の他には、

121号系統(あべの橋~南衣摺経由 八尾市役所前)

122号系統(あべの橋太子堂)

130号系統(大阪駅前~八番)

136号系統(大阪駅前~諸福経由 住道駅前)

 

がありました。

150号系統(なんば~安田)というのもあったのですが、どういう理由でこの系統番号が付番されたのかは不明です。。(現在も調査中)

《追記終わり》

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[郊外線の豊中線(111号系統)や110号系統が記載(1969年頃の路線図)]

 

  • この基準で設定された系統路線(2020年現在)

79号系統(桜島駅前~西九条)

86号系統(布施駅前~上新庄駅前)

88号系統(大阪駅前~天保山)

91号系統(ドーム前千代崎~鶴町4)など

(過去の多少の起終点変更・区間変更を含める)

 

▷▶︎1980年▷▶︎

f:id:Matsuda_KOTU:20201205223734j:image[幹線1号系統 出戸バスターミナル~地下鉄動物園前(深緑色)]

1974年に平野区でゾーンバス制度が始まり、系統路線もかなりややこしくなりました。1979年には殆どの地区でゾーンバス制度が導入されました。実はこの制度が始まった際に現在の1号系統(出戸バスターミナルあべの橋)が誕生し、幹線1号系統として運行していました。

  • ゾーンバス制度を基準に設定された系統路線(2020年現在)

2号系統(長吉長原東3~出戸バスターミナル)

3号系統(出戸バスターミナル~地下鉄住之江公園)

6号系統(あべの橋住道矢田)など

(過去の多少の起終点変更・区間変更を含める)

 

f:id:Matsuda_KOTU:20201206154620j:image[1号系統 天満橋あべの橋(黄色)]

また、当時はこのような系統と別に一般の1号系統(天満橋あべの橋)が存在しており、これはゾーンバス終了時には101号系統に改番されています。なお現在は98号系統より先はありません。(2014年3月までは存在。)

 

その他の例

その他のケースでは、廃止になった系統路線はもちろん系統番号が欠番となってしまうのですが、何年か経って別の路線同士の統合などで新路線を設定したり単に系統番号を改番した時に欠番だった番号を使用する例もあります。

  • このような例で設定された系統路線

8号系統(なんば~大阪駅前)

10号系統(天満橋~守口車庫前)

27号系統(相川駅前~井高野車庫前)

81号系統(舞洲スポーツアイランド~西九条)など

また特別な例としては44号系統忌み番号として扱われていたような時期があり、1940年6月の青バス路線継承で築港桟橋(現:天保山)~阪急阪神前(現:曽根崎警察署)~築港桟橋の路線新設の際に44番と付番されましたが、1941年に実質的に廃止になりました。しかも1974年の天保山~南港東5~南港フェリーふ頭前の路線新設まで44番の数字は一切使われなかったのです。

44号系統は2014年9月に廃止となり、再び欠番となっています。

 

●まとめ●

このように大阪シティバスの系統番号は「反時計回り」「路線新設の順」「ゾーンバス制度の絡み」など様々な決まりで構成されています。

たとえば、反時計回りで決められた系統番号の路線から見えてくることは、かなり古くからあったことが窺えます🙂

なぜ1号系統なのかも、由来がゾーンバス制度が始まった幹線1号系統から来ているということもわかりました!

この先、大阪シティバスダイヤ改正で新路線ができたりするのかもしれませんが、その際に欠番になった番号を使用するのか全く変わった決まりで系統番号を付番するのか要注目です。😅

 

では👋🏼

交通局ニュース『大阪のあし』を見てみる。

こんにちは😃

大阪市営地下鉄もとい大阪メトロを利用していていつもパンフレットに目がいくわけですが、その中でも特に私をひきつけられるのが沿線情報紙。最近までは『memo』というOtomo!関連の沿線情報紙が配架され、グルメ等のスポットを紹介していたものがありました。その少し前は『ノッテオリテ』という沿線情報マガジンも発刊されていましたね。

さて、今回の話題はそれらよりも随分前に発行されていた『大阪のあし』というものを紹介します。

f:id:Matsuda_KOTU:20201120204543j:image[大阪のあし41.2と№113]

『大阪のあし』は1965年5月より大阪市交通局総務部企画課(⇒大阪のあし№35からは総務部総務課)が発行していた大阪市交通局の広報紙です。主に地下鉄駅構内に配架され、グルメなどの沿線情報というよりも交通局での出来事やお知らせをディープに紹介する内容になっています。東京であれば、帝都高速度交通営団[現:東京メトロ]が発行していた『メトロニュース』みたいなものです。

1965年5月から1ヶ月ごとに発行し、1967年1月からは原則1ヶ月ごとに発行ではあるものの、2ヶ月おきになるなど不定期に発行する形となりました。それから35年ほど発行を続け、130冊ほどの『大阪のあし』を発行したのです。

 

―時代の背景―

1960年代前半期ではモータリゼーションの発達による交通マヒを緩和させるために更なる輸送増強かつ1970年の日本万国博覧会に向けて地下鉄建設工事が各所で行われ、緊急五か年計画が策定されていました。

しかし、地下鉄工事による資金調達が思うようにはいかず、政府やら金融機関やら約7割、縁故先から3割と行った工面をして凌いでおり、さらには1964~1965年には証券不況もあったために苦しさが滲みに滲み出た時期でありました。ここからは私見ですが、当初の『大阪のあし』を一読して分かることは、地下鉄駅の現況を見せつつもそういった苦しい局面であることを訴えて地下鉄建設に必要な資金を大阪市債による貯蓄を市民などに呼びかけていたのでしょう。

f:id:Matsuda_KOTU:20201120224128j:image[大阪市債を呼びかける一面]

 

その他にも……

大阪市営地下鉄やバスなどの趨勢を見ることもできます。

f:id:Matsuda_KOTU:20201121095420j:image[広告の変遷・特長を記す]

例えば、大阪市交通局が初めて広告を取り扱ったのはいつなのか?と気になれば、ここに詳しく書かれております。大正3年、市電の車内に横枠を設けて広告にしたのです。

 

あとはこんなものまで…

f:id:Matsuda_KOTU:20201121095414j:image[お役御免の市電の行く末を取り上げる]

地下鉄が普遍的に利用できる環境となってからは、長らく〝交通のあし〟として勤めた市電もお役御免に。鬼籍に入るかと思えば他の土地で活躍している車両もいるということをこちらでは紹介されています。当時の市電マニアに向けて取り扱ったのかは分かりませんが、マニアックな内容までも取り上げられているのがこの〝大阪のあし〟を読むという醍醐味にもなっているかのように思います。

他には世界の地下鉄の様子を取り上げたり、PRT方式など未来の交通を紹介したりと読み応えは十分あるでしょうね。

f:id:Matsuda_KOTU:20201121101615j:image[未来の交通]

まぁ、大阪市交通局75年史などといった沢山の資料を一つに纏べた書物もあります。しかし瑣末といえば語弊があるのですが、『大阪のあし』はもう少し踏み込んだことも書かれているので、大阪市交通局の地下鉄やバスなどに興味のある方にとってはこの広報紙は一種のバイブルのような存在ではないのでしょうか笑

 

最後に不完全ではありますが、私の知る限りの『大阪のあし』の題目のリストを置いておきます。参考程度に……

 

40.5 地下鉄の建設を急ぐ!グラフで見る市営交通

40.6 地下鉄5号線いよいよ着工 地下鉄を涼しく

40.7 梅田の地下をのぞく 39年の事業成績のあらまし

40.8 地下鉄駅の照明暮らしの中の交通費

40.9 市電62年のあゆみ 台風と市営交通

40.10 地下鉄西梅田大国町 開通記念特集

40.11 乗客1人当りの輸送原価は?時差通勤、通学にご協力を!

40.12 地下鉄建設機械のいろいろ 電車の車両検査

41.1 世界の地下鉄 市電のワンマンカー

41.2 市バス39年のあゆみ 料金改正について

41.3 5年後(45年)の市営交通 定期券を買われる方に

41.4 堺筋線いよいよ着工 昭和41年度の市営交通

41.5 地下鉄33年のあゆみ 回数自動券売機登場

41.6 地下鉄の空気 地下鉄建設費と利子

41.7 地下鉄の信号機 のりものエチケット

41.8 地下鉄のシールド工法 台風時の市営交通

41.9 大阪の足を守って63年

41.10 トロリーバス 40年度事業成績のあらまし

41.11 地下鉄のレールとマクラギ「大阪のあし」と広告

41.12 地下鉄の電気 市営交通と事故防止

№21 地下鉄建設は急ピッチ!地下鉄の駅

22 市バス創業40周年記念特集

23 地下鉄東梅田~谷町四 開通記念特集

24 42年度の市営交通

25

26 地下鉄の安全設備

27 地下鉄の凍結工法

28 地下鉄谷町四~森ノ宮開通

29 カネになやむ地下鉄建設と経営

30 市営交通の通信設備

31 ATC(自動列車制御装置)

32 地下鉄網の完成をめざして

33 41才を迎えた市バス

34 【無題】 地下鉄のタイル

35 つとめを終えた市電一期線

36 地下鉄の誕生まで

37 地下鉄・森ノ宮~深江橋間開通

38 市電切符のはなし

39 廃止された市電福島・百済三宝

40 行き詰まった“大阪のあし”

41 地下鉄・谷町四~天王寺開通

42 “大阪のあし”を守るために

43 地下鉄・野田阪神―桜川開通

44 地下鉄網の完成近づく

45 地下鉄・谷町九―今里開通

46 地下鉄・今里―新深江開通

47 地下鉄堺筋線・中央線開通

48 万国博に活躍する地下鉄

49 地下鉄・新大阪~江坂開通

50 桜川~谷町九完成―地下鉄網完成―

51 つとめを終えたトロリーバス

52 絶対安全を期す地下鉄工事

53 夏休みは地下鉄沿線で

54 ここまで進めた地下鉄の安全

55 赤字に悩む地下鉄

56 火の車で走る市バス

57 海の見える地下鉄―中央線―

58 市内交通の新ルート ―地下鉄千日前線

59 郊外追放のイニシアティブ 大型電気バスの開発

60 乗車券を機械が拝見 ―玉出駅が自動改札に―

61 市バスはこのように利用されています

62 市営交通経営の現況

63 将来地下鉄はどう延びるか

64 さらに延びる大阪の地下鉄

65 四つ橋線玉出住之江公園開通

66 変身!便利な市バスに

67 大幹線に成長する地下鉄谷町線

68 夏休み作戦 ディスカバー大阪

69 定期遊覧バス試乗記

70 市営交通70年のあゆみ

71 延びる大阪の地下鉄

72 地下鉄谷町線 東梅田~都島開通

73 あなたの町に赤い色のリスのバスが走ります

74 累積赤字975億円にも!

75 御堂筋線に新鋭10系車両

76 市バス交通調査量の結果

77 延びる大阪の地下鉄

78 地下鉄谷町線都島⇔守口開通

79 なの足 地下鉄・市バスの現状

80 のびる地下鉄 半世紀で100キロの大台に

81 7月からコンビです 市バスと地下鉄

82 南港への足・ニュートラム

83 病める市民の足・地下鉄・市バス再びピンチに

84 地下鉄谷町線天王寺八尾南開通

85 大阪南港に新しい足 ニュートラム開通

86 新深江南巽開通

87 100㌔めざす大阪の地下鉄

88 地下鉄谷町線守口⇔大日開通

89 地下鉄50年のあゆみ

90 創業80周年を迎えた市営交通

91 みんなの足を守るために

92 交流モーターの新鋭20系車両―中央線に登場

93 100㌔へ一歩近づく大阪の地下鉄

94 中央線深江橋~長田開通

95 夏休みは地下鉄・市バス・ニュートラム

96 都市新バスシステム 4月にスタート 愛称は“グリーンエース”

97 定期観光バス ―思い出に花をそえて50年―

98 21世紀へ―路線網の充実

99 乗客とともにあゆんで60年

100 御堂筋線あびこ~なかもず開通

101 地下鉄・バス・ニュートラム沿線 夏休み遊意義プラン

102 もしも…に備えて 消火設備の充実や消防訓練を

103

104 みんなのあしをより快適、便利に

105

106

107

108 3月20日(火) 午後1時30分 地下鉄鶴見緑地線 開通!

109 夏休み・市営交通沿線情報“90年、夏、ますますOSAKAが熱くなる!!”

110 一日乗車券が券売機で買えるようになりました。

111 知ってお得な市バスのあれこれご紹介。『お得な市バス見つけよう!』

112 今年の夏も涼しさアップ!地下鉄に冷房付新造車87両導入

113 便利になりますニュートラム ~新ダイヤスタート~

114 1月13日リフト付路線バス11両が3路線で営業開始

115 “ひとにやさしいのりものづくり”をすすめています。

116 より便利で快適に!地下鉄・市バス・ニュートラム

117 平成5年3月4日(木)堺筋線動物園前~天下茶屋間開通!

118 まちを駆け 時を駆け 市営交通90年のあゆみ

119 ニュートラムの安全対策を強化

120 西へ東へ―延びる地下鉄第7号線

121 LET'S HAVE FUN! 夏・OSAKA・街歩きを楽しもう!

122 大阪駅前↩なんば間でリフト付路線バスをループ運行しています。

123 万一に備えた地下鉄・ニュートラムの災害対策

(この辺りからは形状が縦長の物に変更)

124 列車の10両編成化を進める御堂筋線

125

126

127

128

129 8月29日 午後1時 地下鉄長堀鶴見緑地線 大正心斎橋間 鶴見緑地門真南間 開通

…なお129以降不明。

 

※他に何か情報などご存知でしたら、ぜひご指摘のほどお願いいたします。🙇‍♂️

 

では👋🏼

大阪シティバスの最長路線を探る!

こんにちは😃

前回はシティバスの最短路線について紹介しましたが、続けて今度は最長路線について探っていきたいと思います。

 

今回も3位からのランキング形式且つ往路・復路を合わせての往復の距離で挙げて行きます。

 

第3位

  • 42号系統

(大阪駅前~中島二丁目)

f:id:Matsuda_KOTU:20200930161625j:image[2014年当時の路線図・緑色で表示]

往復キロ程は25,002m(往路12,559 復路12,443)。大阪駅から御幣島・大和田を経て中島(工業団地)地区までを結ぶ路線です。地下鉄の無い西淀川区にとっては大阪駅という主要駅までを運行する交通手段として成り立ってますね。

42A号系統(大阪駅前~中島公園)もたいへん長い距離を走っていそうですね…笑

f:id:Matsuda_KOTU:20200930162048j:image[42A号系統]

ちなみに、3年ほど前までは15号系統(地下鉄住之江公園~南港南6)が3番目に長い路線だったのですが、2017年1月、かもめフェリーターミナルの廃止により、南港南4からは、かもめふ頭を経由せず、食品ふ頭前をそのまま直通する路線に切り替わったことで、距離が縮小されてしまいました。

 

第2位

  • 93号系統

(井高野車庫前~豊新4・西中島南方経由 大阪駅前)

f:id:Matsuda_KOTU:20200930163625j:image[右上の青色で示された路線]

往復キロ程は26,520m(往路13,290 復路13,230)。

井高野車庫から大阪駅前に向かう路線なのですが、起終点が同じの37号系統とは違い、93号系統は瑞光四丁目からは東淀川区役所を通り、再度37号系統と合流、長柄橋からは37号系統は南下、93号系統は西中島・十三大橋を経由して大阪駅前に至る路線です。

ただ、2014年までは十三からは歌島橋バスターミナルまでを結んでおり(また、瑞光四丁目からは上新庄経由)、往復キロ程は28,000mと2011~2013年4月までではこの路線が最長路線でした。

 

🎶~休憩~🎶

前回と同様に2位発表後では過去当時の最長路線を紹介していきます。

93C号系統

(井高野車庫前~福町)

2010年まで存在した路線です。

往復キロ程は32,710m(往路・復路とも16,355)と30キロ台。

歌島橋までは旧93号系統(井高野車庫~歌島橋バスターミナル)までの経路と同じですが、この93C号系統は歌島橋バスターミナルを経由せず、そのまま大和田1・大和田橋を抜けて福町に至る大変な路線です。

ゾーンバス時代は特93号系統として運行、井高野車庫~歌島橋は幹線、歌島橋~福町は支線区間でした。1979年11月~1980年ごろまでは幹特93号系統、それ以前は幹線93号系統として運行していました。

 

111号系統

(あべの橋豊中)

f:id:Matsuda_KOTU:20200930174534j:image[大阪駅に短縮された頃の111号系統]

 

往復キロ程は36,790m(往路18,610 復路18,180)と驚異的な長さ。申請の際は阪急バスと絡むため何度も協議を経て運行回数30回以下という条件で1960年4月に運行を開始した郊外線の嚆矢のような存在です。実際の運行回数などはどうだったのでしょうね~🙄

後に大阪駅前までに短縮した上、他の郊外線より先に廃止となりました。

 

特23号系統

(住吉公園西口~長柄橋南詰)

大昔に存在した路線です。1931年10月10日に開設されました。往復キロ程は30,186m(往路・復路とも15,093)で、長柄橋南詰から南森町・福島西通・岡崎橋・桜川2・西浜(塩草付近)・千本通7(現:天津橋)を経て住吉公園西口(浜口西付近?)にまで運行していましたが、経路変更且つ39号系統に番号変更の後、1940年6月1日の桜川2~西浜間の休止により当路線は実質的に廃止になりました。

 

それはともかく………

 

第1位

  • 73号系統

(なんば~出戸バスターミナル)

f:id:Matsuda_KOTU:20200930184511j:image

往復キロ程は28,260m(往路・復路とも14,130)。あんまり上記の路線よりかは長いような気がしませんがこの路線が1位と知った時は驚きました。今里筋千日前通などを走っているものの単独で運行する区間も際立ちます。かつては難波から杭全までの運行でしたが、2013年4月の上六操車場閉鎖により、23号系統(出戸バスターミナル~上本町6)を集約したことで最長路線となりました。

というわけで73号系統が現在の最長路線であることが分かりました!

 

まとめ

このような長距離を走る路線について思うことは主要ターミナルから鉄道の走らない末端部までを至る路線が多く、その末端部に鉄道駅が出来てしまえば鉄道の方に利用客が流れてしまうので、次第に凋落していくんですよね。それでも例に出せば37号系統(井高野車庫前~長柄橋南詰・大阪駅前)や36号系統(地下鉄門真南大阪駅前)は未だに残り続けてるのでなかなか凄いものだと感じます。特に大阪は地下鉄を作る前に先にバスを走らせて、地下鉄が開通してからは重複するバス路線を筆頭にじわじわと削減していくスタイルなので、もし西淀川区に地下鉄が出来ていたら…と考えると、この通りのランキングにはなってないでしょうね~😨

 

では👋🏻

大阪シティバスの最短路線を探る!

こんにちは😃

唐突ですが、大阪シティバスは2014年(公営バスの頃)にかなりの路線が無くなったのに未だに欠番はありながらも98番まであるんですよね。それに区間便などを足せば大体110?かそこらの数にはなるはずです。これだけの路線があるのですから、その中で、今回は大阪シティバスの最短路線といえばどこの路線なのか?という点に注目することにしました。

 

f:id:Matsuda_KOTU:20200927174137j:image8号系統 大阪駅前~なんば

【往復キロ程(m) 8,759】

前置きとなりますが、今回は往復を併せての距離で最短路線はどこなのか。また、第3位から紹介させていただきます。😊

ちなみに片道のみの運行系統を含めれば、ダントツで83A号系統(新森7丁目~花博記念公園北口)となり、約850mという驚異の短さです。1キロも満たない路線はこの83Aぐらいでしょうね。

 

第3位

 

  • 2号系統

(出戸バスターミナル~長吉長原東三丁目)

f:id:Matsuda_KOTU:20200927180723j:imagef:id:Matsuda_KOTU:20200927182247j:image

粗い写真で申し訳ないのですが、この2号系統は3番目に短い路線となります。

往復キロ程は4,740m。(往路・復路とも2,370m)

長吉中学校前から南は一気に住宅地となり、(廃)長吉車庫の方までを結びます。

  • 長吉長原東三丁目は元々は長吉営業所・車庫が存在したため、2014年4月のダイヤ改正前は長吉車庫前という名称でした。

第2位

  • 82号系統

(西九条~高見一丁目【下水道科学館前】)

f:id:Matsuda_KOTU:20200927182405j:image(実は82号系統は此花朝日橋は停車しません…)

 

往復キロ程は4,330m(往路1,990・復路2,340)となります。

82は西九条から高見地区の住宅地を結ぶ路線です。1998年4月1日に特82号系統として運行されました。

  • 過去に千鳥橋の工事(橋梁撤去・盛土)で大きく迂回した時期もありますが、今では従来と同じ経路になっています。

f:id:Matsuda_KOTU:20200927183540j:image2000年当時の路線図

 

休憩。。。。

1位……の前にかつて運行していた当時の最短路線を紹介していきます。

  • 支線臨105号系統

(境川弁天町バスターミナル)

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往復キロ程は3,130m(往路1,310・復路1,820)と3km台。🙄

しかも、境川弁天町バスターミナル間は約5分で着いてしまうという短さ。

従来の支線105系統(境川~弁天町駅前・石田3経由第三突堤前)を弁天町バスターミナルを開設したことで、弁天町駅(弁天町バスターミナル)~境川間を分離させて出来たのが支線臨105号系統です。

開設の1984年から1994年のダイヤ改正まで存在しました。

▶️ちなみに波除には『港高校前』の付随名称がありました。

 

  • 19号系統

(大軌小阪駅前~大軌長瀬駅前)

往復キロ程は3,400m(往路・復路とも1,700m)

これ、、あまりに場違いにも程がありますが、確かにかつて存在した路線です。これは、もともと大阪乗合自動車(青バス)が所有していた路線で、1940年6月1日に市営バスとの事業統合の際に継承された路線です。

停留所は大軌小阪駅前→布施郵便局前→中小阪→菱屋西→大学通→大軌長瀬駅となっています。翌年には大阪電気軌道(大軌)と参宮急行電鉄(参急)が合併し、関西急行鉄道(関急)に改組したため、大軌と付く2つの停留所が関急と名称を変更しています。

しかし、戦時下での路線縮小で1941年9月1日に休止(実質的には廃止)になっています。

 

  • 臨62号系統

(地下鉄長居~矢田西通一丁目)

往復キロ程は2,300m(往路・復路とも1,150m)とまさかの2キロ台。当時の路線図には記載すらありません。また、矢田西通一丁目は現在の長居公園南口停留所になります。何のためにあった路線なのかはよく分かりませんが、片道だけでなく往復便として存在していました。

正確に存在した時期は不明ですが、1970年代初頭には運行していました。

 

閑話休題。。。

長くなりましたが、第1位の発表です。

第1位

  • 95号系統

(豊里団地前~上新庄駅前)

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第1位を飾るのは東淀川区豊新・豊里地区を走る95号系統です。

往復キロ程は4,150m(往路1,860・復路2,290)という短さ、往路に至っては豊里団地~上新庄駅約6分で到着しちゃいます。

  • 北淀高校前は2018年に淀川清流高校に名称変更しています。

 

 

この3つの系統から分かってくることが、住宅地から駅までを結ぶ支線のような役割を果たしているであろうことが窺えます。また、短い距離を走る路線はこのような目的のために設けられた一種の理由と推測することができます。(その限りではないモノもありますが、、、)

最後に、、、、

今回は2号系統、82号系統、95号系統を紹介しましたが、実はわたくし95号系統以外は乗ったことがありません笑😅

正直に言うと個人的に路線バスに乗るとすれば、短時間で終わってしまう路線よりも運行時分が1時間程かかる路線を乗って満喫しちゃうタイプなのです。しかし、今まさにこういう研究を行った上である意味この路線たちの特色を見つけたような気がして、「じゃあ今度乗りに行こう」という気持ちにされます。

今回は短いという部分を重きに置いて紹介しましたが、他の路線に至っても何かの特色はあるはずでしょうから、それを探してみるのも一種の楽しみなのかもしれませんね。笑

 

では👋🏻

大阪市バスに存在した神崎橋行きを語る

久しぶりの投稿になりますが、6年ほど前に大阪市バスで運行していた大阪駅神崎橋行きはご存知ですか?

現在は神崎橋停留所は廃止となり加島駅前行きとなっておりますが、なんだかんだ阪急バスとも並行している面白い路線なんです。

今回はその神崎橋行きもとい大阪市営バス旧97号系統などについて話していきます。

 

神崎橋のあたりは市バスか阪急どちらが先に運行していた?

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元々は阪急バスが先に運行していました。

厳密に言えば個人経営の事業者が、十三―今里―加島町―神崎橋(加島線/1926年8月開業)を所有していたものを十神乗合自動車株式会社という事業者に譲渡、後(1930年7月)に阪神合同バス(現在の阪急バス)に事業譲渡されました。

十神乗合自動車では、加島線の他にも今里―野里(野里線)、加島町―千舟橋(千舟線)の支線を有しており阪急譲渡後もそのまま継承されてます。ただ、十三―神崎橋の経路間では、各地で新道に乗せかえる変更がなされています。

一方の大阪市バスは戦後になってから運行するようになります。

第一次郊外バス乗り入れ協定による大阪駅前―十三間の阪急バスの乗り入れを認めて1948年2月1日に開始※1、追って市バスも特許を得たので1948年7月に当時の41号系統 天満橋~加島町が新設されました。戦前当時の大阪市バスの郊外路線はフィーダーというよりも他社線~市電との接続をすることが多く、十三からは三国方面に行く路線しかありませんでした。他社線も市電も走っていない加島には伸ばすことにあまり需要が無かったと私は考えています。

1948年に加島町に伸ばされてから、1951年12月に神崎橋まで延長されたという形です。

 

※1:昭和24年(1949)12月当時の阪急バス加島線(大阪駅~加島町間)の1日運行回数は75回。ラッシュ時での運行間隔は7分に閑散時には12分に1本でした。

トロリーバス開業をめぐって…

大阪市トロリーバス神崎橋~十三・阪急阪神前間に運行させる際に並行して走っている阪急バスが苦言を呈します。 

まず第一に路線バスを有している上に重ねてトロリーバスの運行を行うという営業増強は阪急バスにとっては支障が出る、つまり不利益なものだったので第二次乗り入れ問題の焦点にもなりました。結果的には41号系統を廃止(1953年9月1日のトロバス開業に伴って)、トロリーバス・阪急バス路線の運行本数を制限するなどの取り決めにまとまりました。※2

この区間トロリーバス1号線にあたるのですが開業の裏側にはこのような話があったのです。

 

※2 梅田~加島町間の運行については、トロリーバスの運行回数が120往復。併せてトロリーバス開業と引き換えに必要のない市バス路線(41号系統)を廃止にし、阪急バスに至っては運行回数をトロリーバスよりも30回も多い150往復とした。

トロリーバスの廃止

モータリゼーションの発達でもはや一元的輸送のトロリーバスが元凶で渋滞を起こしていくことになったため、1969年10月1日に廃止になりました。

代わって一般路線として97号系統 大阪駅前~神崎橋として新設されました。これが、現在の97号系統の元となる路線です。

また1978年7月1日改正では、郊外路線である112号系統 野田阪神前~加島・豊中インターチェンジ野田阪神前~加島・神崎橋に変更(加島以北の庄内西小学校前・庄内栄町五丁目・豊中インターチェンジは廃止)、1979年7月22日改正の歌島地区ゾーンバスの導入により、97は幹線97号系統、112を幹線112号系統と変更されました。従って、この頃の神崎橋発着系統は2本になります。(幹線112号系統は1981年3月の歌島橋バスターミナル開設により支94 歌島橋BT~神崎橋に短縮・系統番号変更)

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[1980年12月当時の路線図]

JR東西線開業とその後

1997年3月8日にJR東西線が開業し、加島駅が出来たため、幹線97号系統から幹線臨97号系統 大阪駅前~加島・加島駅前を新設。これに伴い支線94号系統は廃止となり神崎橋発着系統は幹線97号系統のみとなります。

ゾーンバス廃止後は幹線97号系統を97号系統、幹線臨97号系統を97A号系統と変更されます。

後に97と97Aは統合、さらに区間便という形で加島駅前行きが設定されていましたが、2014年4月1日の改正でついに神崎橋行きは廃止、97号系統は全て加島駅前行きとなりました。

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[草茫々で蕭寥たる様を見せる廃止後の神崎橋停留所]

 

97号系統を含めた神崎橋発着系統の変遷は大体このような感じですが、阪急バスさんもついに神崎橋を通る加島線が廃止(https://www.hankyubus.co.jp/news/images/20200719k.pdf)となり、驚きしかないのですが神崎橋を通る路線が無くなるのは寂しいものです。

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[廃止となる加島駅前停留所]

 

では👋🏻

マツダの沖縄遠征②<沖縄バス>

第2弾です。沖縄バスはやはり神奈中がホイホイ増えている印象でしたが面白い車両もまだゴロゴロいました。🙂

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沖縄22き *435

U-MP218K(93年式)

備考:自社発注

▶︎▶︎トップドア仕様のエアロM、沖縄ではトップドア車が少なからずいますが沖縄バスといえばやはりこのエアロMでしょうかね。

 

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沖縄200か *602

U-MP218M(92年式)

備考:元 遠州鉄道

▶︎▶︎こちらは元遠鉄のエアロM。リア幕無し、3連テール、四折戸の三拍子。遠鉄バスからエアロMは姿を消しましたが、ここで会えますよー!笑

 

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沖縄200か *589

U-MK218J(94年式)

備考:元 京阪バス

▶︎▶︎確認窓が未だ残る元京阪なミディ。

もと社番はなんだったのだろうか?

 

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沖縄22き *316

U-MS716N(91年式)

備考:自社発注

▶︎▶︎エアロバスKの長尺車。結構貴重みたいですねぇ~。次にあった時は乗ってみたいですが、もう風前の灯火でしょうか?お先は長くないでしょうね……

 

次は東陽と琉球を併せて載せようと思います。

早いうちに、、、、

 

では👋🏼